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冬枯れの沈黙を楽しむということは、言葉の上で、頭の中では理解はしていたつもりです。しかし、それを、自分の中で消化して、抵抗なく受け入れ、体験となってなって表れてくるまでには、少し時間が必要でした。なんとなく、受け入れつつあったものが、この夏に、八ヶ岳倶楽部で真吾さんから直接お話を伺えたことで、やっと自分の中に取り込めるコンテナとして、形を見たような気がいたしました。
10年たったというホトトギスの鉢と、撮影から3年たったというコンテナは多くのことを語っていたように思います。真吾さんは「いいか悪いか、わかりませんけどね。」とおっしゃっていました。いいか悪いかは、それを見た人が感じて決めればよいのだと思います。いいと思える人にはいいし、悪いと思う人には悪い。それだけのことのように思うのです。(98/09/16記)
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